クンダリーニ瞑想
5/20、クンダリーニ瞑想
〝すす〟がとれた、という感じのスッキリ感。
マインドがドラマをむくむくさせていて、その中に入っていても、スーッとすり抜ける感覚を感じられるようになった。まるで幽体離脱のよう。
本拠地はここ、というホームがあると信頼できてきたからできる術。
サイレントでは自分にくつろぐ、というきもちよさも感じた。
いろんな理想像(野心や劣等感、不安感、欲望、代償行為、他人との比較などネガティブなところからくるもの)が作られていても、
選択するしないは、本拠地でくつろぐ存在に委ねることができる。
いろんなこだわり(通用しない、うまくいかない、古くなったパターンなど)があったとしても、
他の選択肢も見たり手に取ることもでき、
選択もまた本拠地でくつろぐ存在、幸せ・喜び・至福の方向へ導く天使に委ねることができる。
人とのディスタンスたぐり寄せたがっていたが、
孤独感を感じたくなかっからであり、
実践には、今のソーシャルディスタンスが心地良い。
運命共同体であることを前提に、互いに害さない程よい距離をたもちつつ、精神的なつながりは大切にし、協力し合えるところはする。
ひとりひとりが自分自身の人生の責任と自由意志をもち行動する。
アルーンコミュニティのあたたかな眼差しで、程よい距離感、親しみはあるが冷静に淡々と積み重ねていく出会いの環境はとても心地が良い。
心地良い感じがあったら、
それを他のフィールドに転用するのも良さそう。
誰も害されずジャッジもコントロールもされず、
責任と自由意志、幸福、喜び、至福、調和、創造の世界がゆるされている。